大阪の方にお住まいの方で、
自閉症のお子さんをお持ちの方なら、
かなりの割合で、この名前をご存知なんじゃないかと思います。
松心園。
第一種自閉症児施設・児童精神科とあります。
実は、私自身が、中学生の頃、
こちらの先生にお世話になっておりました。
私自身、かなり幼い頃から、
身体の使いこなしが下手、ボディイメージが弱い、
気持ちの切り替えが出来ない、
視覚からの情報にはやけに強いが耳からの情報には弱いなど、
ゆぅやゆぃと似たような特性を多々持ち合わせていました。
生きづらさも、かなり早いうちから感じていました。
まだ3歳ぐらいの頃に、
脳波の検査でてんかん波が認められたそうで、
物心つく前から服薬も毎日続けており、
大きな病院に定期的に受診していました。
その病院に、月に何度か松心園の先生が来られていたそうで、
当時の主治医が母に、私の受診を薦めたようです。
なにやら検査を受け、言われたこと。
未悠さんは、IQは非常に高いですが、
得意なことと苦手なことの差が非常に激しい。
未悠さんが根が明るい性格だから、今は何とかなっているが、
かなり今の状況は未悠さんにとって、辛いはず。
この当時、私は、発達障害なんてものも、
自閉症という言葉さえ知りませんでした。
だから、先生のこの言葉も、
何を意味するのかわかっていませんでした。
今にして思えば、これってやっぱり、
私は発達障害だということだったんでしょうね。
何かしらの。
先生は、付き添っていた母にも、
はっきりと診断名は仰りませんでした。
言っても母には受け入れられないと判断されたのかもしれません。
なにしろ、母はこの先生の言葉で、
後半の私が辛いだろうというところは見事にスルーし、
「あんた、IQはものすごく高いんだって
ってことは、もっと頑張れば
もっともっといい成績が取れるってことや。
せっかくの高いIQ、活かさなもったいない
」
…と舞い上がってしまって、勉強面でさらに
私のおしりを叩くハメになってしまったのですから。
まあ、そんな親ですから、
高校生になってすぐ、私が二次障害を起こし、
家庭崩壊状態が続いたのも無理はなかった…のでしょうね…
そんな私が産んだ子ですから、
息子も娘も、自閉症に生まれてきたことは、
避けられないことだったのでしょう。
その時は知らなかったこととはいえ、申し訳なく思います。
けれど、夫が言ってくれた言葉。
ゆぅやゆぃにしてみれば、家の中に、
自分らのことを誰よりも分かってくれるひとがいるって、
心強いんちゃうの。
これは、私にとって、何よりも救われた一言でした。
相変わらず、すぐ感情的になるし、
特性バリバリの「
片付けられない母」だし、
いろんな面でダメダメ母だけど、
確かに発達障害の生きづらさは、多少は身をもってわかる。
それが、私の唯一の強み。
そして、そんな生きづらさを持ちながらも、
どうにか結婚して、こんなに可愛い子供を2人も授かって…
そんな母を見て、
「
発達障害を持ってたって、案外人生捨てたもんじゃないな」
と思ってもらえたら。
私の存在意義は、そこにあるのかなーなんて思う
今日この頃なのです。
PR
↑ポチッとしていただけると励みになります(*^-^*)